初めまして、当ブログ管理人のSHINと申します。
僕は現在、輸入物販のビジネスに取り組んでいる日本人の男性です。

ここでは僕が何故このビジネスを始めたか、
そして何故ブログを始めたかについてお話させていただきます。

 

僕は岡山県のとある寺の家系に長男として生まれました。
外で遊ぶ方が好きなタイプでしたが、同時に読書が大好きという少年時代でした。

 

大学入学を機に大阪に引っ越したのですが、この頃、僕の人生に決定的な影響を与える1冊の本に出合いました。

ロバート・ハリスの「エグザイルス」という有名な彼の自伝です。

ロバート・ハリスとは横浜で生まれ育ち、18の頃から世界中を旅して周り、ヒッピーや、プロのギャンブラー、時には薬物中毒者になり、世界中の美女と恋に落ち、たどり着いたシドニーで一癖も二癖もある人々が集うブックショップを開き、その後日本に帰って来て、今は小説家やラジオのDJとして活躍しています。

その余りに枠を飛びぬけた生きざまは旅を愛する人の間で絶対的なレジェンドで、実際に彼に憧れて数えきれない若者が旅人として世界中に旅立っています。

僕も彼の生き方に感化されて10代のころからバックパックを背負って海外を放浪しました。

水シャワーしか出ない安宿のドミトリーに泊まり、現地の人が利用する決して衛生的に見えない屋台や食堂で食事をし、バスや鉄道を乗り継ぎ、陸路で何度も国境を越えました。

マレー鉄道でシンガポールからタイまで横断したり、オーストラリアでは15万円で購入した車にキャンプ道具を詰め込んでオーストラリアを一周しました。

ハリスのように僕も色々な国の女性と恋にも落ちました、アメリカ人、カナダ人、スコットランド人、タイ人、イスラエル人、中国人…同じ時代に透き通るような美しい心を持った彼女たちと出会い、少しの時間でも共有したことは一人の人間として、僕の宝物です。

旅人の間で「聖地」と呼ばれる場所にもあちこち行きました。そういった場所では決まって、神々しいまでの輝きを放つ人々に出合いました、日本では絶対に出合う事のない人々です。

 

マフィアのボス、DJ、ヒッピー、薬物の売人、詐欺師、プロのギャンブラー、世界最高のファッションデザイナー、堂々と没収した大麻を売りさばくポリス、国際的に著名な鳥専門の獣医なのにジャンキーな博士、世界のどこに行っても必ず出会う、最高に陽気なイスラエル人達…良い、悪いといった次元を超えて、彼らは皆圧倒的なまでに輝いていました。

不思議とそんな彼らと僕は気が合い、どこに行っても暖かく仲間として接して貰えました。

 

そんな日本と海外を行ったり来たりの放浪を続けていた僕も三十路を目前に、誰しもが避けて通れない、「現実」という魔物と対峙しなければならなくなりました。

 

ネットビジネスという言葉すら浸透してなかった当時、放浪を若い頃から続けていた場合、大きく分けえるとその行く末は2つに分かれていました。

 

1つは振り切って年齢を重ねても期間工やリゾートバイト、派遣社員といった繋ぎの仕事をしながら放浪を続ける道、そしてもう1つは旅人だった自分と別れを告げ、思い出を押し入れの奥の方に追いやり、島国日本で企業戦士として戦う道です。

 

僕は後者を選びました、自分が40代50代を迎えた時に、工場で単調な作業を延々としたり、また若者に混ざってリゾートバイトをしている姿が思い描けなかったからです。

髭を剃り、髪を短く刈り込み、何か就職活動に有利な資格を取ろうと思い宅建、Word、Excel、パワポのMOSの資格を取って不動産会社に就職しました。

 

しかし、新しい人生の始まりと意気込んで飛び込んだその会社は残念ながら完全なブラック企業でした。
何しろグーグルやヤフーで社名を検索すると、予測ワードの1番トップに「ブラック企業」と出てくる会社です。

 

僕はそれまでまともに正社員として働いたことが無かったので、そもそもブラック企業とはどんなものかもよく理解しておらず、また性善説という思想を元々持って生きて来た人間なので、その会社には本当に愕然としました。

 

毎月息が詰まるほどのノルマを課せられ、サービス残業は月間200時間を優に超え、更に営業成績の悪い営業社員は休日返上も当然という無茶苦茶な雇用環境でした。

 

その会社にはパワハラが違法行為であることすら理解が出来ない上司ばかりが在籍している会社で、
月の後半になると成績の悪い営業社員やその直属の上司は、その部長の鬼のようなパワハラに耐え続けるしかないという状況でした。

 

また、ある課長が気に入らない平社員を拳で殴りその社員の片目が失明するという重大な傷害事件も起こりました。
その他にも何人もの上司や同僚がうつ病になり、力尽き、会社を去って行きました、もちろん退職金なんてありません。

 

そんな会社ですから労基が何回も査察に入りました。ですが会社はその場しのぎの言い逃れを繰り返し、状況は一向に変わりませんでした。

 

僕は旅人だった自分をとことん抑え込みながら日々を必死に生きました。
ブラック企業のノルマと、そして偽りの自分との戦いです。

 

激務の日々が続くだけの毎日の中、ある時から僕はもう自分が放浪に出ていたころを思い出すことを辞めました。
その行為には諦めと虚しさという感情が芽生えるだけで、サラリーマンの僕には邪魔だと判断したからです。

ただ、そんな自分には常に違和感を感じ、また何か居心地の悪い知らない場所にいるような、変な感覚がありました。

 

因みに僕は元々多少口が立つ方で、営業成績は約100人の営業社員の中でも常に上位でした。
その甲斐あって、あるとき、とある会社から引き抜きの話があり、かなりの好待遇のしかも役職付きで転職することになりました。

ですが、残念ながらその会社も同じくブラック企業でした。

 

口約束しかしていなかった僕も悪いのですが、ケチの見本市のような若ハゲ社長は当初と少しずつ待遇面含め言っていることが変わっていき、何故か僕の年収は約束していた額より110万円も削られる事になりました。

反旗を翻しましたが最終的には僕が声をかけて引っ張ってきた元同期に寝返られ、僕は失意の中会社を去りました。

 

正直、職を失ったことよりも、人々の心の汚さにショックを受けました。
残念ながら僕が見た日本には心の汚い、寂しい人々が余りに多く、それが「普通」と呼ばれる基準のようでした。
僕が海外で出会った人々の真逆のような人間ばかりが日本には溢れかえっているという、そんな現実に悲しくなりました。

 

それからしばらくは何も行動する気が起こらず、ただただ虚しさに耐える日々が続きました。
2社ほど声をかけてくれた不動産会社ありましたが、正直もうそんな気分ではありませんでした。

 

鬱蒼とした日々を過ごすある日、なんとか気分を変えようと思い立ち、部屋の大掃除と模様替えをすることにしました。
その最中、押し入れの奥の奥からナイキのスニーカーを買った時の空き箱が出てきました。

 

開けてみると、それまでの旅で出会った仲間に、別れの際にメールアドレスとメッセージを書いてもらった手帳が4冊と、大学ノートが1冊入っていました。

 

十数年の放浪者の間に出合った、生まれも育ちも歳も性別もバラバラな一人一人の書いてくれたメッセージを読み返していると、不思議と全員の顔が思い出せます、そして誰もが笑顔でした。

僕は自分の心が何か暖かいもので包んで貰っているような、不思議な安らぎを感じました、なんというか、魂が久しぶりに呼吸をしているというか、本当に不思議な感覚でした。

 

夢中になって2時間かけて4冊の手帳のすべてのメッセージを読み終えたとき、僕は長いことどこかに追いやっていた、自分の中の大切な何かが目を覚ました、そんな感覚を覚えました。

 

それから大学ノートを手に取りました、表表紙には汚い字で「人生の100のリスト」と大きく書かれてありました。僕の字です。

そのノートはロバート・ハリスが18歳の時に「自分が人生の中でやり遂げる100のこと」を書きだして、実際にそのほとんどをやり遂げたという彼の実体験を真似して僕が19歳の時に書いた物です。

 

色々な事が書いてありました。

例えば、「映画を1000本観る」「本を1000冊読む」「外国人と付き合う」「ヒッピーになる」「バイクでアジアからヨーロッパまで横断する」「外国に住む」「結婚する」「コピーライターになる」「息子を持つ」「ロバート・ハリスと酒を飲みながらバックギャモンをする」「DJとして海外でプレイする」「トライリンガルになる」「チェスの日本一のプレイヤーになる」「宇宙旅行に行く」「中国の公園で中国人と卓球をする」「アフリカ大陸を陸路で横断する」「料理人になる」「イタリアのシチリア島でマフィアと白ワインを飲む」などなど、割愛しますがそのどれもが今読んでもワクワクするようなものばかりでした。

 

この人生の100のリストというのは、ハリス曰く、言わば自分の人生の航海の羅針盤、そして、自分と交わした人生の約束だそうです。

 

僕は自分の汚い字で書かれた見覚えのある100のリストを読み進めましたが、どこにも「サラリーマンになる」「ブラック企業でノルマとパワハラと戦う」「給料日には同僚と酒を飲んで憂さを晴らす」なんてことは書かれていませんでした。

 

そしてその100のリストの99番目と100番目にはこう書かれてありました、僕独特の癖のある汚い字で、そして紙が破れるくらいの筆圧で。

 

99 富と自由を手に入れる

100 一生旅人として生きる

 

胸が熱くなりました、魂が僕を激しく揺さぶっているのを感じました。

今までずっと居心地の悪さが常にあった理由がはっきりわかりました。

 

僕は大嘘つきとして人生を偽りながら歩んでいたんです。

そして僕は少し日本という旅の中継地点に長くいすぎたことに気づきました。

 

それから19歳の自分と交わした100の約束の99番と100番を果たす為に、思いを行動に移すことを決めました。

 

インターネットで色々なお金の稼ぎ方について調べ始めました。

ネット上には、アフィリエイト、ブロガー、YouTuberなど、ひと昔には無かったビジネスのモデルに関する情報ががたくさんありました。

ですが、どうも僕にはどれも魅力的には感じませんでした。

 

そんな中唯一僕が惹かれたのが輸入物販というビジネスでした。

僕は何よりも先ず旅人です、可能なら少しでも海外と関係のある事がしたいと漠然と思っていたので、この仕事は大いに魅力的でした。

 

また、軌道に乗せることが出来れば、パソコンとネット環境さえあれば地球上のどこにいても仕事ができる点、自分で海外に仕入れに行ける点など、調べれば調べるほど魅力的でした。

そこから情報収集を本格的に開始しました、教材、オンラインサロン、高額塾、コンサルタント…ノウハウを学べる環境はどこを見ても転がっているように見えました。

 
と、ここで色々な方のブログなら、「詐欺商材にたくさん巻き上げられた」、「高額塾に騙された」という失敗エピソードが出てくるタイミングですが、僕にはその手の失敗談はありません。

 

それは長年色々な国で、数多くの詐欺師を生で見て来た僕には直観的に胡散臭い奴の匂いをかぎ分ける感覚が備わっているからだと思います。

断言しますが、ネット上の詐欺師は本当に分かりやすすぎるくらい分かりやすい詐欺師のジャンルに入ると思います、東南アジアやインドに行けば右を見ても左を見ても見つかるレベルの分かりやすさです。

顔が見えないネット上でも不思議と胡散臭い人間の書く文章には胡散臭い匂いがします、そしてそれはとても簡単にかぎ分けれる事が出来るほどの強い物です。

 

そんな中、僕はブログで知った、ある優秀な女性の先生に、半ば強引にコンサルタントについて頂くお願いをすることにしました。
文面を読んで伝わってくる感覚は、間違いなく本物のそれでした。

そして今僕はしっかりとした本物のノウハウをマンツーマンで教わりながら、自由な旅人になる為日々奮闘しています。

 
決してまだ自由でも裕福でもありませんが、利益は加速度的に出てきています。

このまま全力で駆け抜ければ、間違いなく僕は100のリストの99番目と100番目を叶える事が出来ると、そう確信しながら今タイピングをしています。

 

そういった経緯で開設したこのブログですが、少し格好を付けた言い方をさせて貰えるなら、僕が富と自由を手にするための、人生最後の聖戦の記録と言えると思います。

ブログ自体人生初で、そしてこれが恐らく、いや間違いなく僕が運営する最後のブログになるでしょう。

 

もともと稚拙な文章力しか持ち合わせていないので、多くの人に何かを伝えられるとも、また伝えようとも思いません。
ましてや「僕のブログを読めば月収30万円稼げます」なんて大口を叩くつもりもありません。

 

僕のブログではあくまで輸入物販というビジネスの基本について知って頂き、そしてそこからは各々が自分の培ってきた感性で、この人なら信じられると感じるコンサルタントの先生や、これはと思う塾や教材を見つけて貰えれば良いと思います。

 

さて、そろそろお別れの時です、顔こそ見えませんが、この長々と纏まりのない退屈な文章を読むのを辞めず、ここまで付き合ってくれた貴方の事です、きっと僕と同じく旅人のDNAを宿して今世を生きている仲間だと思います。

 

もし、旅を続けたくとも諦めてざるを得ない状況になってしまい、それでも旅に出る事への熱い思いが捨てきれずにいる、そんな我が道を行く仲間の中のたった一人でも、僕のブログから何かのヒントを得てくれたらこれ以上に嬉しいことはありません。

 
人生は一度きりです、日本は狭く、世界はどこまでも広く、そしてその世界はまだ見ぬ素晴らしい仲間で一杯です。
一人でも多くの仲間が立ち上がり、そして「あの頃」のような楽しい旅へと出る自由のパスポートを手にすることを願っています、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今マウスを握りしめている、その手で。